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包丁のこと(その4):砥石について

砥石について

刃物を自分で研ぐ場合は、砥石が必要です。砥石についても、調べ始めると恐らく一冊の本でも足りない程の奥深さがあります。砥石の種類については下記のホームページ等が参考になると思います。
東京日本橋 「木屋」 砥石の種類
おおざっぱに分けて、荒砥石(荒砥)、中砥石(中砥)、仕上げ砥石(仕上げ砥)の3種類があります。普通に入手できるものは、人造砥石です。天然砥石は、その性質上バラツキが大きく、非常に高価なものもあります。砥石の表面は、平面に保持しておきます。特に裏を研ぐときは、注意が必要です。
砥石を保管する時に、氷点下になるような場所ですと凍結によって割れることがあります。冬場はベランダなどに置いておく場合は注意して下さい。
人造砥石は、使うときに水を浸透させることが必要なものと、その必要がないものとがあります。また、水中に長期間漬けっぱなしにしておくと、ボロボロになって使い物にならなくなるものがありますので気をつけて下さい。

砥石の”面直し”の方法

砥石の表面は、包丁を研いでいくうちに図1の様に中央部分がくぼんだ凹型の表面になります。

図1:砥石の摩耗

砥石の表面は、基本的に平面に保っておく必要があります。包丁を研ぐときに、中央部分だけでなく砥石の前後を含めて全体を使うように気をつければ、凹型の変形を減らすことが出来ます。それでも、使っている内にある程度の変形は避けられません。砥石の表面を平面にすることを”面直し”(つらなおし、めんなおし)といいます。平面にしたい砥石の表面を、別の砥石等で平らにしますが、いくつか方法があります。
(1)荒砥石を使う
(2)”面直し用砥石”を使う
(3)板ガラスの上に耐水性サンドペーパーを置く
(4)コンクリートブロックを使う
(5)ダイヤモンド砥石を使う
(1)の方法は、荒砥石で表面を摺って平らにする訳ですが、荒砥石も使っているうちに、図2に示したように、摺る相手の砥石の形状にあわせて形状が変化しますので、荒砥石自身も、平らであるかどうか、確認しなければなりません。

図2:面直しの時の砥石の形状変化

図2の右側の形状になると、いくら時間をかけて摺り合わせても、片方が凸、もう一方が凹となって永久に平面にすることができません。こういう場合は、三面摺りと言う方法があります。少々面倒ですが荒砥石を3つ(No.1, No.2, No.3)準備します。そうして、No.1とNo.2をまず摺り合わせます。次にNo.2とNo.3を摺り合わせます。次は、No.3とNo.1 を摺り合わせます。その次はまた、No.1とNo.2を摺り合わせます。順番にこれを繰り返すとそれぞれが平面に近づきます。こうして平面にした荒砥石で、包丁を研ぐ砥石の表面を摺ります。
(2)の方法は、”面直し用砥石”を使って砥石の表面を摺ります。”面直し用砥石”は、荒砥石に近い砥石に溝が切ってあります。但し、”面直し用砥石”も砥石ですので使っていくうちに中央部分が凹型にくぼんで来ますので注意が必要です。
(3)の方法は、厚めの板ガラスの上に耐水性サンドペーパーを置き、水をかけて砥石の表面を摺ります。この方法は、高い精度の平面が得られますが、サンドペーパーの研磨力が落ちるのが早いという欠点があります。
(4)の方法は、コンクリートブロックの広い面で砥石の表面を摺ります。
(5)の方法は、ダイヤモンド砥石で砥石の表面を摺ります。ダイヤモンド砥石は、研磨力が強く摩耗も少ないので、高精度の平面を短時間で得られます。
私自身は、(4)以外の方法を使ったことがあります。それぞれ、一長一短がありますが、現在は(5)の方法に落ち着きました。「アトマエコノミー 中目(#400)」というダイヤモンド砥石を使っています。

”裏スキ”のこと

日本の和包丁や大工道具の多くは、片刃です。片刃の場合は、一般に裏側に”裏スキ”と言う凹面があります(当ブログ「包丁のこと(その3)」の図3参照)。包丁や大工道具の”裏スキ”は極めて重要で、良質な物ほど精度が高く整形されています。この”裏スキ”を崩さずに研ぐことが、片刃の刃物の研ぎでは重要です。なぜこのようなことを言うかというと、初めて研いだ大工道具のノミの裏を研ぐときに、平面の出ていない砥石で研いでしまった経験があるからです。一度失敗すると、元に戻すのが難しくなる場合があります。大事な刃物をいきなり駄目にしてしまう、というリスクを避ける為に気をつけるべきポイントです。
通常、包丁の裏を研ぐ砥石は仕上げ砥を使います。中砥などの砥石を使うと、裏が減りすぎて、場合によっては”裏スキ”がなくなって、”ベタ裏”という状態になります。私は、仕上げ砥の一つを裏研ぎ専用にしました。

鋏は裏を砥がない

裏を研ぐことは、切れ味を出す上で重要なのですが、唯一、裏を研いではいけない刃物があります。鋏は、微妙なねじれを持つように整形されている物があって、平面の砥石で研いでしまうと形が崩れてしまうそうです。堺市(大阪)の鋏を作っている鍛冶屋さんに伺ったことです。

研ぎのメカニズム

包丁を研ぐというのは、砥石で包丁の刃を研磨することです。研磨は、刃物の金属より硬度の高い砥粒で削りとることなのですが、砥粒は砥石の中に固定されているものと砥石の表面の水の中に含まれているものとがあります。前者を”固定砥粒”、後者は“遊離砥粒”(又は“浮遊砥粒”)といいます。固定砥粒の方が研磨力は高く、遊離砥粒の方が研磨力が落ちる代わりに刃先の切れ味が良くなります。包丁を研ぎ始めると、砥石の表面の透明な水が“トクソ”と呼ばれる色がついた液体に変化します。この”トクソ”は、遊離砥粒を含んだ水です。通常は、この“トクソ”を流さないで研ぎます。この研ぎの違いについては、鉋の例が参考になるかもしれません。

天然砥石について

天然砥石は、海底で堆積したものが地上に隆起したものを山の中から掘り出したものです。荒砥や中砥は品質のよい人造砥石が入手可能なので、天然砥石と言えば仕上げ砥が主と言っていいと思います。
天然砥石の仕上げ砥を使う時には、”名倉砥”という砥石で表面をこすります。そうすることにより、天然砥石の目詰まりを防ぐと同時に、天然砥石と”名倉砥”の双方からでる砥粒が浮遊砥粒となります。
天然砥石は自然が作った物ですので、人造砥石の様な品質の一様なものではありません。また、その使い方によって、研ぎあげた刃先の切れ味が、満足できるものである場合もあるし、充分でない場合もありそうです。(上記、研ぎのメカニズム、に挙げた鉋の例を参照して下さい。) 私自身は、薄刃包丁と柳刃の仕上げの研ぎに天然砥石を使っています。値段はまさにピンからキリまでと言えます。高価な物は、高級な車の値段と同じようなものもある、と言うことです。木っ端と呼ばれる破片は、品質の良いものでも比較的安価に入手できる場合があります。砥石屋さんによっては、試しに研がせてもらえます。
通常のレベルの研ぎということであれば、人造砥石で充分だと思います。

どんな砥石を持ったらいいか?

ご家庭でステンレスの包丁を研ぐ場合であれば、中砥一つ持っていれば研げます。番手と言って、砥石の荒さを表す数字があり、数字の前に#をつけます。中砥は、#1000前後です。
ステンレスの両刃の包丁であれば、裏スキがありません。砥石の平面性は、裏研ぎする場合と比べればそれ程気にしなくてもいいと思いますが、面直しが全く必要ない訳ではありません。
荒砥は、刃こぼれを直す時や包丁の形の修正等にはあった方が楽です。
同じメーカーでも、荒砥、中砥、仕上げ砥は、それぞれ何種類かの番手のものが揃えられているものがあります。例えば、中砥でも仕上げ砥に近い物、荒砥に近い物等があります。粗い(番手の小さい)砥石は、研磨力が強く、包丁の減りは早くなります。

どのくらいの頻度で研げばいいか?

これは、使う頻度や何を切るかによって異なりますので一概には言えません。切れなくなったと思ったら研げばいい、としか言いようがないのです。仕事に使う包丁と家庭用とでは異なるかも知れません。プロの方、例えば大量の魚をさばく人などは、毎日研ぐ必要があるのではないかと思います。頻繁に研げば、当然のことながら良い切れ味を保つことが出来ますが、刃は研ぐ度に減っていきますので、必要以上に研ぐことは避けるのが賢明です。
私は、現在は毎日は研いでいません。牛刀、出刃などはサイズの少しずつ異なる物を複数持っていて、まとめて研いでいます。切れ味が気になる順番は、薄刃、柳、出刃、牛刀です。基本的に、全ての包丁は人造の仕上げ砥石で研ぎます。薄刃と柳は、人造の仕上げ砥石で研いだ後、天然の仕上げ砥石で研ぎます。荒砥、中砥は使う頻度がかなり減りました。
次回は、具体的な研ぎ方について書こうと思います。