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包丁のこと(その2):鋼について

包丁の刃に使われる素材の種類は、切れ味や使い勝手に大きく影響します。金属やセラミックスがあります。ここでは、鋼について書くことにします。

鋼とは

狭義の「鋼」は、鉄(Fe)と重量が2%以下の炭素(C)の合金で「炭素鋼」あるいは「純炭素鋼」とも呼びます。炭素鋼に、他の元素を加えたものも「鋼」と呼ぶことがあります。例えば、クロム(Cr)等を加えたステンレス鋼は、広義の「鋼」の例です。

鋼の種類

包丁に使われる鋼は、いくつか種類があります。下記のホームページが参考になります。
東京日本橋「木屋」:刃物の鋼材
ご家庭ならば、錆びにくい鋼を選ぶのがいいと思います。

代表的な刃物用炭素鋼材

和包丁に最もよく使われている刃物用鋼材は、株式会社プロテリアル(元日立金属)の安来鋼だと思います。(カタログがあります。)代表的なものは、白紙1号、白紙2号、青紙1号、青紙2号です。略して白1、青2等と呼ぶこともあります。白紙は、純炭素鋼です。青紙は、白紙にクロム(Cr)とタングステン(W)を添加したものです。1号、2号は、炭素量の違いを表していて、それぞれ炭素量が1.25〜1.35%、1.05〜1.15%です。炭素が多いほど焼き入れ後の硬さが硬くなる一方、もろくもなります。
私の持っているのは、白紙2号、青紙1号、青紙2号のものです。白と青を比べると、白の方が研ぎやすいです。青は、砥石の上を滑る感じがします。青紙1号と青紙2号を比べると、青紙2号の方が研ぎやすいです。1号の方が硬いので当然かもしれません。刃こぼれは、白よりも青の方が少ないです。
炭素鋼は、錆びやすいので家庭用としては余り使いやすくないかも知れません。
一文字厨器株式会社の洋包丁に使われている「特鋼」は、タングステン(W)が添加されています。炭素鋼系に分類されていますが、錆びにくいです。研いだ感じは、純炭素鋼に似ていて研ぎやすく、切れ味も良いです。私の好きな鋼の1つです。

ステンレス鋼

ご家庭で使う包丁は、錆びにくいものがいいです。
株式会社プロテリアル(元日立金属):銀1、銀3、銀5など
武生特殊鋼:V金1号、V金10号など
この他、スエーデン鋼、INOX鋼などがあります。ステンレス鋼にも色々あって、どれを選んだらいいか、簡単ではありません。
下記の株式会社プロテリアル(元日立金属)の粉末鋼ZDP189は、ステンレス鋼に分類されています。ヘンケルスのツインセルマックスM66という包丁に使われていて、ZDP189が両側のステンレスの間に挟まれた構造(割り込み)になっていて錆びにくいです。

粉末鋼

株式会社プロテリアル(元日立金属)のZDP189やHAP72、木屋のコスミックスチールは、粉末冶金法という製法で作られた粉末鋼です。
硬度は高く、ZDP189は、HRC(ロックウェル硬さ)65以上です。ZDP189を使ったヘンケルスのツインセルマックスM66は、研いでみると、確かに硬さが実感できます。ちょっと研ぎにくいですが、切れ味は長持ちします。
HAP72は、いわゆるハイス(高速度鋼、ハイスピード鋼、high-speed steel)と呼ばれる工具に使われる鋼の1つです。ハイスは、包丁に使われることは少ないと思いますが、HAP72を用いた包丁は、木屋のものがあります。使ったことはありませんが、HRCは69以上ということなのでかなり硬いはずです。

玉鋼

包丁に使われている例はほとんどないと思いますが、最後に「玉鋼(たまはがね)」について触れておきます。日本古来の伝統的な「たたら製鉄法」で作られた鋼です。現在は、主として日本刀の材料として作られています。「玉鋼」は、株式会社プロテリアル(元日立金属)の安来鋼の様な近代的な工業製品として作られているものとは異なり、その製法上、出来上がった鋼は、必ずしも均一で安定した組成を持つものではありません。要するにバラツキがある、ということです。
「玉鋼」を使って作られた包丁があったとすれば、素晴らしく切れる物もあれば、極普通に切れる程度の物もある、ということになります。包丁に関しては知らないのですが、大工道具については、私の木工の師匠に話を聞いたことがあります。鉋についての又聞きですが、切れると言う人と、切れないという人とがいると言うことでした。
千代鶴是秀(1874-1957)は、明治から昭和の名の知られた大工道具鍛冶でした。その師匠、石堂寿永は、「私は日本の鋼に誇りを持っていたから玉鋼による木工具製作に固執しましたが、あなたがたはすすんだ洋鋼を使って、より良質な大工道具作りに励むように」という遺言を残した、と言うことです(「職人の近代 道具鍛冶千代鶴是秀の変容」土田昇著 みすず書房 p.20~)。洋鋼は、明治時代に輸入され始めた近代的な工業製品で、その品質は、「玉鋼」に比べ、大量生産による均質で安定したものでした。結果として、洋鋼を用いた大工道具は、それまでの「玉鋼」を用いたものに比べ、安定した切れ味をもたらします。
現代における「玉鋼」とそれを用いて作製される日本刀は、歴史的かつ文化的なものとしての存在であろうと思います。もともと日本刀は、侍の象徴でもありましたし、日本の伝統的な文化であって、単なる実用的な刃物ではありませんでした。日本刀は、今では、鑑賞される美術品としての存在にもなっています。
株式会社プロテリアル(元日立金属)の安来工場は、島根県の安来市にあります。昔から近くで良質の砂鉄が取れたので、たたら製法による製鉄が栄えた地方です。スタジオジブリの「もののけ姫」にも、たたらを踏むシーンがあって、当時の最先端技術だったのではないか、と思いました。安来市には、「和鋼博物館」があります。10年以上前ですが、嫁さんと息子と一緒に行きました。たたらや、「玉鋼(たまはがね)」に興味があれば、行かれると面白いと思います。

鍛冶職人の腕

特に和包丁に関して言うと、同じ鋼材を使っていても、それを作る鍛冶屋さんの腕によって切れ味が違うのが普通です。例えば、株式会社プロテリアル(元日立金属)の安来鋼の白紙1号の刃物が複数あったとして、それを作った鍛冶屋さんが違えば、それぞれ切れ味も違った物になります。
鍛冶という仕事は、鋼を鍛錬し、焼き入れによって刃物等の製品を作ることです。炭素鋼の包丁を作る手順のうち、鍛錬は、炭素化合物を細かく球状化し、刃物として最適な鋼のミクロな組織を形成する重要な工程の1つですし、精度の高い温度管理のもとの焼き入れは”焼きが入った”刃の硬度を決めます。包丁の例とは違いますが、大工道具の鉋について「夫婦鉋」(碓氷健吾 明恵著 雑草出版 p.50~)に製造工程の説明があり、次のような記述があります。
『鋼は鍛錬することによって炭素化合物が細かく球状化し、刃物としての高度な性質を備えます。・・・鋼をよく鍛錬して刃物にした場合と、ただ焼き入れの熱処理をしただけの刃物の場合とでは、焼き入れ硬度には差がないものの実際に研ぎ、削りに使用すると、色々な面において大きな差が現れます。・・・我々人間もある程度成長した青年期に強く鍛えた方が良いように、鋼もある程度組織が整って来た段階、つまり低温鍛錬において力強く打つことで、非常に粒子(炭化物・セメンタイト)が細かくて均一になるのです。昔から打刃物と言われる由縁がそこにあるのではないかと思います。・・・』
同書には、日立金属(現株式会社プロテリアル)の白紙1号と青紙1号について、鉋の各工程の鋼の組織の移り変わりを顕微鏡で観察した写真も掲載されています。肉眼では見えない鋼のミクロな組織が刃物としての品質を決めているのだろう、ということがわかります。
焼き入れの工程は、奥様の碓氷明恵さんがされていました。碓氷さんも含めて、大工道具(鉋、ノミなど)、包丁、鋏の鍛冶屋さんには何人かお会いしたことがありますが、ご夫婦の仲がよさそうな人が多い、という印象がありました。良い刃物を作って販売するためには協力が不可欠だからかも知れません。
鍛冶屋さんの腕をどうやって判断したらよいか?
この問いには、簡単に答えが出せるものではありません。使ってみたらわかる、ということは言えますが、差し当たってはその鍛冶屋さんの作った刃物の評判や、販売している店の信頼度を頼りにするしかないと思います。