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包丁のこと(その6)

包丁のこと(その5)に書いたように、包丁を研ぐということは、
(1)切れ味の落ちた部分の刃先を再び鋭くする
(2)それ以外の部分を研いで包丁の形を元の形に近い状態に保つ
という2つのことからなります。通常の場合ですと、意外かも知れませんが(2)の方が(1)に比べて時間がかかるように思います。
以下に書くことは、私が包丁を購入したある包丁屋さんの研ぎ専門の方(以下、”研ぎの師匠”と呼ぶことにします)に聞いて、自分なりに理解した内容です。人によって、研ぎ方は異なるでしょうし、唯一の正解がある、という訳ではありません。少々理屈っぽくなってしまうかも知れませんが、一つの参考にして頂ければ、と思います。

包丁の切刃の形

包丁の刃先は、通常カーブしています。包丁のこと(その5)の図6に示したように、切刃と裏刃を両方とも平面の砥石にピッタリつけて研ぐと、刃先は直線になります(”ベタ研ぎ”)。裏刃は、基本的に平面ですので、刃先がカーブしていると言うことは、切刃が曲面であることを意味します。この曲面は、近似的に下の図のように幾つかの平面に分割したものと考えれば良いと思います(図は、少々誇張して描いています)。刃先の接線としのぎとを含む面を考えます。刃元に近い部分は、刃先のカーブの曲率が小さい(直線に近い)のに対し、切先に近い部分は曲率が大きく(カーブがきつく)なっているのが普通です。分割した平面の面積は切先に近いほど小さくなります。

図1:刃先の接線に垂直な面

私の”研ぎの師匠”は、刃先の1cmづつを研ぐ気持ちで、切刃を砥石にあてればよい、と教えてくれました。

包丁の持ち方

右利きの人ですと、包丁の柄を右手でしっかり握り、左手の人差し指と中指の2本の指先、もしくは薬指も加えて3本の指先を、包丁の裏側から各刃先を含む平面の真裏にあてます。そうして、その平面を砥石の表面にあてるようにします。切先に近いほど、右手で持つ柄の位置は、砥石の表面から離れて持ち上げる必要があるはずです。右手はその角度を保つようにしっかりと握ったまま、左手で向こう側に押して研いでゆきます。手前に戻すときは、左手の力は抜きます。

包丁の切刃の形:”ハマグリ刃”等

包丁の切刃は、詳細に見ると2段、3段、もしくはなだらかに変化する”ハマグリ刃”と言われる曲線になっているのが普通です。下の図に3段の例を示しました。

図2:3段研ぎ

”ハマグリ刃”は、次の図のようになだらかにカーブしたものを言います。

図3:ハマグリ刃

図2の3段研ぎの例は、切刃が下図の様に3つの領域に分かれています。

図4:3段研ぎの例

上図の切刃は、近似的に下図のような平面の集まりと考えます。

図5:3段研ぎのイメージ

霞包丁は、下図のように鋼と軟鉄の部分から成っています。

図6:霞包丁の構造

霞包丁の場合、まず鋼の部分のみを研ぐように左手を刃先に近い部分に宛てて研ぎます。次に、刃境の近くを研ぐ為に刃先から少し離れた部分を研ぎます。最後に、しのぎの近くをしのぎのラインを崩さないように研ぎます。この研ぎ方については、「包丁と砥石」(柴田書店)のp.45の図1等が参考になると思います。
本焼き包丁の場合は、全体が鋼ですので図6の刃境がありません。その場合も、霞包丁と同じようなイメージで研げばOKです。
この研ぎ方をすると、3段研ぎになり、切刃は図2のようになりますが、私の場合は、各段の角度は余り差がないので、実際は図3のハマグリ刃と余り変わりません。

カエリを研ぐ

ここまでの研ぎで、カエリが出たら裏を研いで、カエリを取ります。カエリの確認をする時は、指の腹を裏刃の刃先に近い部分にそっと当てて、峰側から刃先方向に向かって滑らせていきます。指の腹でさわった感覚でカエリが出たかどうかわかります。慣れるまで少々時間がかかるかも知れません。カエリを取る時には、峰を手前にして裏刃を平面の出た仕上げ砥石にピッタリあて、包丁を刃先に向かって押して研ぎます。引いて研ぐことも出来ますが、押して研ぐ方が良い、と聞きました。

小刃(糸刃)出し

このまま使っても差し支えないのですが、次に小刃(糸刃)出しをします。小刃は、仕上げ砥石で刃先に目に見えないほどの幅でつけた段のことです。鋭角のままではもろい刃先に小刃をつけることにより、刃こぼれを防ぐことができ、切れ味が安定します。
小刃と糸刃という言葉は、区別しない場合と、区別する場合とがあって、人により意味が違うことがあります。例えば、「包丁と砥石」(柴田書店 p.50)では、小刃と糸刃を区別していないのに対し、「包丁と研ぎハンドブック」(誠文堂新光社 p.118 図②)では、刃先に近い方を糸刃、その隣接部分を小刃と呼んでいます。”研ぎの師匠”は小刃出しと呼んでいましたので、ここでは、区別せず、小刃と呼ぶことにします。
右手で持った柄をしっかり持って、仕上げ砥石に刃先を当て、切刃を少し立て気味にして2~3回研ぎます。角度の保持は、右手でコントロールします。この時の角度は、人によって異なりますし、包丁によっても変えた方がいいと思います。30°~45°という人もいましたし、ほんのちょっと(名刺を1枚挟んだ程度)という人もいました。柳と出刃では、柳の方が立てる角度は小さい(より鋭角)と思います。仕上げ砥石で裏刃を研いで、この時出たかえりを取れば小刃出しは終了です。

出刃包丁の刃元の研ぎ

出刃包丁は、魚の骨を切る場合がありますので、刃先の刃元に近い部分(刃渡りの約1/3)を上記の小刃よりももう少し幅広く刃先に段をつけることがあります。刃元に近い部分のみ、小刃出しの小刃の幅を広げます。また、場合によっては、裏刃側も同じように小刃出しの要領で刃をつけます。これにより、骨を叩ききるような場合でも、刃こぼれを少なくすることが出来ます。

出刃包丁以外の研ぎ

柳包丁の場合は、刃元の研ぎを除いて出刃包丁とほぼ同じです。刃元に近い部分の切刃は、ほぼベタ研ぎと言っていいと思います。
洋包丁の牛刀、三徳包丁などの両刃の場合は、表と裏を上記の出刃包丁の表を研ぐ要領で研げばいいと思います。明確なしのぎの線はない場合もあります。表と裏を研ぐ比率は、同じ割合(5:5)、表を多く研ぐ(7:3)、など色々あります。

包丁研ぎ器について

くるくる回る砥石がついた包丁研ぎ器があります。これを使うと、包丁の切れ味を簡単に(短時間で)元に戻すことが出来ます。イメージとしては、上記の小刃出しをしていることになっていると思います。便利なのですが、使い続けていると小刃の幅が大きくなっていきますので、刃先の鈍角になった部分が増えて、いずれは切れ味が落ちます。その場合は砥石でもう一度元の形に近い刃先の形にする必要があります。私は、使っておりませんが、プロでも、牛刀の切れ味が落ちたときにサッとあてる人がいます。片刃の包丁にも使えると謳った物もあるようですが、和包丁の裏は精度高い平面の砥石で研ぐのが基本なので、出刃包丁、薄刃包丁、柳などには使うのは避けた方がいいかも知れません。

参考になる書籍、ホームページ等

包丁の研ぎ方を、言葉と簡単な図だけで説明するのは、なかなか難しいです。私が日頃参考にしている本は、既に紹介した
「包丁と砥石」(柴田書店)
です。他にも何冊か参考にしましたけれど、今でもこの本を開く頻度が最も高いです。
下記のサイトは、研ぎ方も含めて包丁全般に関して参考になります。
(1)てまえ、板前、男前
(2)酔心

自分で研げるようになれば

開店する前、四年程、大阪市内のある居酒屋にお世話になって、魚のさばき方等を教えてもらったことがあり、ほぼ毎日包丁を研いでおりました。研ぎ方で疑問があると、その度に、”研ぎの師匠”に聞きに行って、教えて頂きました。当時、この居酒屋で働いていた何人かの料理人が、たまに私の包丁を使うことがあり、そのうちの一人は私の出刃は店の包丁の中で一番切れると言っていましたので、研ぎ方はそこそこのレベルに達していたのではないか、と思います。
ここに書いたのは”研ぎの師匠”に教えてもらった包丁の研ぎ方がベースです。色々調べてみると、仕事で使う場合や、ご家庭で使う場合などによっても違うようです。仕事の内容により、研ぎ方も変わってくるでしょうし、同じ人でも使う包丁の種類によって変わります。私の研ぎも、最初の頃に比べると、大分変わったように思います。
伝統的な方法で和包丁を作る鍛冶屋さんの数は減り続けていると思います。私が何本か購入した包丁屋さんの話では、最近は外国の方で和包丁を買う方が増えているということでした。大工道具の世界も似たような状況があって、大工さんの中にはノミも鉋も持たない人が多いので、鍛冶屋さんも減り続けているでしょう。鍛冶屋さんをはじめ、職人と呼ばれる方の仕事は、絶えないで欲しい、と思っていますが、時代の変化は想像以上に早いのかもしれません。包丁や大工道具は、持っているだけでは使い続けることは出来ませんので、研ぐことは必要です。研ぎ専門の方に依頼することも出来ますが、包丁を自分で研ぐことが出来れば、料理の幅も広がるかも知れません。もし、その気になって、ここに書いたことが少しでも参考になりましたら幸いです。